北里闌(たけし)は、北里柴三郎博士(1852年生)と同郷の熊本県阿蘇郡小国郷北里村に明治3(1870)年3月3日 に父義正と母哲の長男として生まれた。北里闌は、将来とてつもない大物になると言われたほど、生まれながらにしてずば抜けた頭脳の持ち主で「神童」と評されていた。
小学校時代を地元の小国小学校で過ごしたが、明治16(1883)年13才の時に、近親同志が大阪に集団移住することになり、大阪に落ち着いた。翌年堂島浜通3丁目に移転したばかりの大阪府立中学校(現大阪府立北野高等学校)に入学した。
府立中学校に入学したのは、北里闌を実業界に進めたいと願う両親の希望によるものであった。しかし、闌は文学を志していたために家族との折り合いがつかず、明治19年に両親に無断で退学して、文部省直轄中学校に転学してしまった。これが父親義正の怒りに触れて、明治21年18才の時に京都の同志社に強制的に転校させられてしまった。
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