3.新規な発明・発見に必要な条件

パン屑とボロ布を箱に入れておくと「ネズミがわく」と長く信じられ、またバイ菌は土から発生するとの考えが依然として根強く残っていた時代、フランスの若き科学者ルイ・パストゥールは、「バイ菌と云えどもいかなる生命体も自然に発生する」ことは絶対にないことを証明するための実験を繰り返し実施していた。

しかし、バイ菌が土から発生する考えを否定するため、枯草をフラスコに入れて充分に沸騰するまで加熱し、煎じたフラスコ内の「枯草スープ」は無菌で透明な液であるべきなのに、雑菌が繁殖してスープはたちまちにして混濁した。この実験の失敗は、土からバイ菌が発生したのではなく、のちに判明することだが、枯草菌が耐熱性の芽胞を保有していたことが原因であった。

一方、パストールの実験に対しての反対者たちは、加熱により枯草スープが仮に無菌になったとしても、それは加熱により酸素が壊れるから生命体が死滅するのであると反論した。過熱で酸素が壊れないことを証明したいが、天才科学者であるパストゥールにしても、どうすればよいのかが分からなかった。

ある日、恩師のバラー教授が、パストゥールの研究室を訪ねて来た。バラー教授は薬物学者で臭素原素を発見し学界を驚かした人である。彼がパストゥールの実験を見て、『君は一人でそれほどまでに苦労する必要もあるまい。フラスコの首を火炎で加熱し、引き伸ばして、ツルの首のように曲げてみたまえ。

雑菌は空気中のゴミとともに長い首のところに付着するが、空気はフラスコの肉の「スープ」にまで自由に達することが出来るので、スープが腐敗することはなかろう』と言った。その時、バラー教授は鉛筆を取って気軽にツルの首のようにしたフラスコの図を描き、明日また来て見ようと言って帰った。

パストゥールは バラー教授の言うとおりの、実験を早速ためしてみた。実験はみごとに成功した。バラー教授は、これを見て喜んで言われた。なるほど、これは空気中のゴミとともに雑菌がこのフラスコの細い首に付着したためである。パストゥールは、全くそうであると信じたい、しかし、それをいかにして証明できますでしょうかとたずねた。

バラー教授は、それはそれほど難しくないことだ。この数個のフラスコの1個を取り、斜めにして、内に入っている「スープ」が、首のところまで流せば、必ず「スープ」は腐敗するであろうと簡単に言ってのけた。パストゥールはそのとおりに実験をした。結果は、また、見事に成功したのであった。

俗に言う「白鳥の首フラスコ」を完成させえたパストールは、試行錯誤の末に自然発生説を否定することができた。このパストゥールとバラー教授の挿話は、志賀潔著「細菌学を創ったひとびと」より抜粋したものです。(北里柴三郎博士の秘話にある「志賀潔の細菌学を作った人々 ルイ・パストゥール」を参照)。

北里柴三郎博士の「亀の甲シャーレや北里式タンパク濃縮器」およびルイ・パストゥール博士の「白鳥の首フラスコ」などの独創的な器具が大発見を導き出した。「亀の甲シャーレ」や「白鳥の首フラスコ」が作れなかったら(手元になかったら)、大発見はもう少し後になったに違いない。「窮すれば鈍す」ではダメで、使命感に裏打ちされた不撓不屈の精神の発揚が大発見には必要なことを示していると思われる。
白鳥の首フラスコの原図
 恩師バラー教授がパストゥールに描いて見せた
 「白鳥の首フラスコの原図」のコピー