2.破傷風菌の純粋培養や血清療法を成功に導いたヒラメキの例

5)致死的な破傷風菌毒素へもなれる

破傷風菌の培養液をマウスに注射すると、マウスはたちまちにして神経症状を発症して死んでしまう。それほどに破傷風菌の毒素は強力なのである。ところが培養液を注射しても死なないで生き残るマウスがときに現れることがある。その生き残ったマウスに致死量の毒素を含む培養液を再度注射しても、そのマウスは元気で生き続ける。またしても難しい問題があらわれた。北里先生は、どうしても死なないマウスの原因を突き止めたいと思った。

そのとき偶然にコカインやモルヒネのような麻薬が示す奇妙な現象を思い出した。コカインやモルヒネのような麻薬を何回も頻回服用すると、段々と麻薬の作用が悪くなる。この麻薬への慣れの現象は、一体なにに原因するのであるろうか。医者として北里先生は、この麻薬のなれの現象に興味を持っていた。

破傷風も麻薬と同じように慣れると考えた。そこで破傷風の毒素の致死量以下を少量ずつ複数回にわたり注射したマウスに破傷風菌を接種しても、培養液の毒素を注射しても、そのマウスは破傷風から免れ発症しない。しかし、不思議なことに破傷風菌の接種部位から破傷風菌が分離されることから、慣れの現象は、菌の接種部位に菌を殺す物が出来る事ではないと推測した。

そこで生き残ったマウスの血清と破傷風菌を混ぜて、その血清と生きている菌の混合液を動物に接種した。予想に反して生きている菌を接種したにもかかわらず、そのマウスは生き残った。菌の代わりに毒素を用いて血清と混ぜてマウスに注射した。やはりその動物は生き残った。

注射されたマウスの血清には、毒素を破壊する謎の物質が作られているからだとの結論に到達した。 毒素へのなれの現象は、毒素を壊す物質(現在の免疫抗体)ができるからという新事実で説明できるようになった。これまた大発見である。