2.破傷風菌の純粋培養や血清療法を成功に導いたヒラメキの例

2)細菌を加熱したら

 破傷風患者の「病巣の膿」をベルリンの衛戍(えいじゅ)病院(陸軍病院の旧称)より貰い受け、顕微鏡で典型的な破傷風菌の形態物が存在することを確認した後、寒天平板培地に「破傷風菌を含む膿」を接種して培養した。しかし、破傷風菌のような特徴のある菌は、寒天平板上には見当たらず、雑菌と思われる菌のみが増殖していた。

今度は試験管に分注した寒天培地が冷えて固まる直前に、「膿」を混合して試験管を立てたままの状態で培養を試みた。試験管の口に近い上部には雑菌の増殖が認められたが、破傷風菌と思われる特徴のある細菌は試験管の底の方にのみ発育していた。

試験管の底に破傷風菌が発育し上部には雑菌が発育している試験管(の培養物)を加熱して寒天を溶かした後、そのまま寒天を試験管の中で固まらせ、再び培養した。その試験管には、破傷風菌の特徴のある細菌のみが試験管の底の方に増殖し、試験管の上部に発育していた雑菌と思える細菌は消滅していた。

細菌の棲み分けとでも思えるこの不思議な現象に遭遇した北里は、「フリューゲ教授の共生説」と「コッホ所長から与えられた土壌細菌の研究」のことが頭をよぎり、ある実験を考えついた。

それは裏実験である、雑菌が混在している患者の膿を寒天培地のなかで加熱し、その寒天培地を試験管のなかで固まらせて培養した。試験管の口の方に発育する細菌は全く認められず、管底にのみ破傷風菌が増殖していた。

北里先生は、これの実験で二つの結論を導き出した; (1) 破傷風菌と云えども、雑菌と共生でなくても単独で発育できることを確認し、共生説を否定できた。
(2) 破傷風菌は、加熱試験から耐熱性の芽胞を作る細菌であることを証明し、芽胞を作る細菌の分離培養法を確立し得た。