2.破傷風菌の純粋培養や血清療法を成功に導いたヒラメキの例
3)破傷風菌は空気との接触を嫌う
シャーレの寒天培地の平板に塗抹したのでは破傷風菌は増殖せず、溶けているまだ熱い寒天培地と共に試験管内で固めた場合には、管底の方にのみ破傷風菌が増殖する現象は、どのように解釈したらよいのであろうか。
北里先生は、空気との接触があるシャーレ内の平板上では破傷風菌は増殖せず、空気との接触が少ない試験管の底の方でのみ破傷風菌は増殖する特異な細菌ではないかと思うようになった。空気とは一体全体何を意味するのであろうか、もし空気中の酸素濃度の高低と破傷風菌の増殖とが関係するとしたら、それはどのようにすれば証明できるかを一人で考え込んだ。
そこで北里先生の頭にヒラメイタのは、水素ガスで空気を置換すれば、表面積の大きな寒天平板上でも破傷風菌を発育させられるとの作業仮説でした。水素ガスはキップの装置を使えば作れるが、ところが寒天培地を平板状に入れてあるシャーレに水素ガスをどのように注入し、そこに存在する空気を追い出して水素ガスで置換させるにはどうすればよいのであろうか。また大きな問題があらわれました。
丁度そのころコッホ研究所のペトリー博士により二重皿(現在のシャーレ)が発明され、北里先生も論文でこのペトリーの二重皿は大変便利だと述べている。しかし、ペトリーの二重皿=シャーレは、水素ガスを充たすことが出来ないので、嫌気性培養には使えない。
リボリュウス管と呼ばれる特殊なガラス管でできている培養装置がある。これは少し太めの試験管のようなガラス管に細菌を増殖させる液体培地を入れ、その液面すれすれに出口を細くしたガラス管の口を近づけ、その細いガラス管からガスを吹き込みます。
キップの装置とリボリュウス管を連結すれば、空気を水素ガスで置換できる可能性が考えられる。しかし、リボリュウス管では液体培地しか使えないので、増殖した細菌は全てが混合されてしまうので、細菌を単独で培養できにくい。そのため寒天培地を使うためにはシャーレ状の表面積が大きな培養容器を使わなくてはならない。
そこで、北里先生は、ペトリーの二重皿の上下を溶封して合体させ、そのガラス容器に水素ガスを通すために首と空気を抜くための尻尾をもつ特殊な形の亀の甲シャーレの創作を思いついた。これが北里先生による「亀の甲シャーレ」または「北里コルベン」の誕生へとなった。亀の甲シャーレを創作し、これを用いて初めて嫌気性平板培養が可能となった。
キップの装置を用いて水素ガスを作り、創作した亀の甲シャーレを用い、シャーレ内の空気を水素ガスで置換できたことが、結果として破傷風菌培養の大成功と破傷風菌が酸素を嫌う嫌気性細菌であることの証明へと導いた。