人間の行動の変化が ウイルス病の出現に深く関わっている

 1969年ナイジェリアのラッサで原因不明の伝染病ラッサ熱が発見されたときにはその伝染経路は不明でした。しかし米国のCDCの研究者を始めとする研究者は原因はアレナウイルス科の新記載ウイルスであるが、現地住民にはこのウイルスに対する抗体を持っている者も多く、ヒト以外に現地の野ネズミであるマストミスネズミ(Mastomis natalensis)がウイルスを保有していることが明かになりました。このネズミは病気になることなくウイルスを尿中に排出しているのです。ヒトのウイルス感染は乾期に頻発することも明かにされました。人間が森林地帯を開発し、農耕を営むことにより病原ウイルスに暴露されることもわかりました。このような事実から現在ラッサ熱の発生は図4のような方式で起こることが推定されています。

 日本脳炎の流行には日本脳炎ウイルスの自然生態に深く関わっているコガタアカイエカ、ブタの生態の変化が大きく影響することは既に述べました。タイ国では国外から競争馬を輸入すると間もなく日本脳炎に感染することから、同地に日本脳炎ウイルスが存在することが知られていましたが患者発生は殆ど記載されていませんでした。それがなぜ1969年以来毎年数千人の患者発生を見るようになったのでしょうか。インド、ネパール、スリランカでも1970年代に入って日本脳炎患者の爆発的発生が記録されるようになりました。日本でも1945年以後の太平洋戦争後に大きな流行が繰り返されるようになりました。これらの地域に共通して見られる状況は貧困からの回復過程です。陸稲から水耕への稲作の変化はコガタアカイエカの異常発生につながりますし、容易な動物蛋白質の摂取の目的でブタの飼育が普及します。このような農業、畜産の変化が意図せず日本脳炎の流行の原因になっていることは想像に難くありません。スリランカではその上に山岳地帯から農耕地への人口の移動も日本脳炎患者発生の誘因になっていると現地では云われています。
 エイズは1981年に米国で同性愛者の間に始めて発見された病気で2年後フランスのモンターニエによって病原ウイルスが発見されました。このウイルスは免疫機能を犯すのでヒト免疫不全ウイルス(HIV)とよばれ、一度感染するとヒト体内に留まり、発病すれば3年以内に95%が死亡するという恐ろしい病原体です。1996年11月のWHOの報告によれば世界の届出患者数は1,544,076人で、感染者は約2,200万人と推定され、20世紀最大の感染症と云われています。このウイルスはヒトにだけ感染し、感染者の血液、体液を介して伝染し、最も多い感染経路は性行為とされています。一体このウイルスは何処に居り、どのようにして短期間に蔓延したのでしょうか。
 保存されているヒト血清から古い感染者をたどって行くと1959年アフリカのザイールに感染者がしぼられます。またアフリカのサハラ以南に「やせ病(slim disease)」と云う病気があり、この患者のHIV抗体陽性率が著しく高いので、このアフリカの病気がエイズの原点ではないかと云われています。アフリカの南サハラ地帯はもともと過疎地帯ですが、HIVはこの地域の小部落に母子感染の形で細々と存在していたのではないかと推定されます。1960年代にはアフリカで人口の都市移動が起こり、HIV感染者が人口密度の高い都市に移住し、そこで不特定多数の異性と性行為を持ちウイルス感染が急速に拡大したと考えられます。このアフリカの感染者が移民となりハイチや欧米に移動し、性行為や麻薬中毒者を介し白人社会に急速にHIV感染者が拡大したと推定されます。
 1967年のマールブルグウイルスによる出血熱や1989年の米国におけるReston virusによるヒトの感染は医療行為やペットの目的でサルを国際間で大量に移動した際に発生しています。これも人間の行為がもたらした人工的なウイルス病出現と云えましょう。このように新ウイルス病の出現を世間ではあたかも天災のように騒ぎますが、じつは人間の意図しない行動が原因となっていることが多々あるようです。

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