第88話
 電車の速さと車輪の速さ 〜寝心地の話続編〜
 

 
「主な対象読者」
あまり年齢に関係なく、日常見られる現象へ興味や好奇心を持つ人たちを対象としました。式や難しい用語を用いず、絵と例を中心としていますので気楽に読めると思います。
 
「本稿の目的」
誰でも簡単にできる作図を中心としています。そして、一見常識に反し、直接見えなくても、作図を通して実体を捕らえられる現象に焦点を当てています。言い換えれば、実体がよく見えなくとも、イメージ化して頭で捉えるということです。そういう現象を紹介して、頭の中でイメージ化する楽しさを知ってもらうことが目的です。
 
本 文 目 次
 1.電車の速さ
 4.おわりに
 
著者 坂田 明治
 

 
 
第88話 電車の速さと車輪の速さ 〜寝心地の話続編〜
 
1.電車の速さ
 今回は、「第87話 寝心地の話」の続編です。寝心地の話で出てきた、「電車実験室」を外から眺めた(ながめた)話になっています。
 
 電車が走っているときを考えます。もちろん、より具体的に、東京から大阪へ向かって時速300キロメートル(300km/hと書きます)で走っていると想定しても差し支えありません。何でも構いません。思い描きやすい状況で考えましょう。
 
 
 この状態を図に描くと、図1のようになりますね。電車の絵はいいかげんですが、一般的に、こう書かれています。しかし・・・。
 
 とここまで読んで気づいた人がいるかも知れません。そう、車輪の動きが矢印と合っていません。車輪は回転しています。つまり電車の進行方向と、速さを表す矢印が、車輪の運動を全く示していません。
 
 寝心地の話の図18のように、全ての部分に矢印を付けて書く必要はないとしても、車輪自体を考えた方がよさそうですね。
 
 
2.サイクロイドの書き方
 レールの上電車が走っている状況では、車輪レールの上転がっています(回転)。そこで、車輪はどんな動きをしているのか考えましょう。
 
 よく、直線上に円を転がしていると模式化されます。そして、円周上の1点が描く軌跡(きせき。うごいた跡ということ)がサイクロイドです(「トロコイド」ともいいます)。
 
 
 サイクロイドについては「第24話 スネルの法則と、最速降下線と、計算地獄と  〜 鏡の国の光子さん番外編 〜」に記載があります。しかし、参照する必要はありません。
 
 ここで、車輪について少し考えましょう。車輪には脱輪防止のため、「フランジ」という部分を設けています(図3は手抜きです)。
 
 
 こう書くと、フランジ上の1点の軌跡も気になりますね。
 
 
 フランジ上の1点の軌跡は図4のようになります。この曲線を「一般的なサイクロイド」といいます(「トロコイド」ともいいます)。
 
 当然ですが、車輪の内側の1点の軌跡も気になります。
 
 
 車輪の内側の1点の軌跡は図5のようになります。この曲線も「一般的なサイクロイド」といいます(「トロコイド」ともいいます)。
 
 ついでに、車輪の中心、すなわち、円の中心の軌跡も書いておきましょう。
 
 
 面倒なので、本稿では「直線を含めた一般的なサイクロイド」を全て「サイクロイド」と呼ぶことにします。
 
 次に、サイクロイドを作図しましょう。「えっ、こんなのが作図できるの」と驚くかも知れません。しかし、意外と簡単にできます。
 
 まずは道具を揃え(そろえ)ましょう。まっすぐな角材が必要です。これはレールの代わりです。円柱も必要です。円柱を角材の上で転がして車輪に見立てるためです。この他に、適当な厚みのある板と筆記用具も必要です。円柱に板を貼り付け、そこに筆記用具を取り付けるためです。この際に、筆記用具はなるべく短いものにしましょう。また、これらの材質は、金属でも木でも、何でも結構です。手に入りやすく、自分で加工しやすいものにしましょう。
 
 ついでですから、円柱の底面である円の中心を求めておきます。
 
 最初に、紙に直線を引き、円柱の円を直線に合わせて置き、双方が接している点に印を付けます。そして1回転させます。円に印が付いているので、1回転した位置が明確に解りますね。そして、直線の方にも印を付けます。するとこの印を付けた2点間の長さが円周の長さになります。
 
 次に、この円周の長さを4等分します。これは、定規とコンパスで、2等分して、更に2等分するというやり方で簡単に作図できるでしょう。(定規の目盛りで計って、4等分しても差し支えありません)
 
 最後に、円柱をもう一度転がします。今度は、円と直線の最初に付けた印を合わせてから転がします。そして、各4等分点のところで、円に印をつけます。3/4回転までで十分です。この円に付けた印が、円周を4等分しています。
 
 図9にあるように、印を付けた向かい合う点を直線で結ぶと、交点が中心になります。また、このときに書いた直線は直交しています(直角に交わるということ)。
 
 板の方にも、図9にあるように、直交する直線を描いておきます。(やり方は何でも構いません)
 
 そして、図9のように、板と円柱を直交する線が重なるように貼りあわせます。これは、使っている材質に合わせた接着剤を用いましょう。
 
 こうして、板に描いた線上に筆記用具の中心が来るように取り付けると、中心からの距離が出せます。面倒なときは、適当に板を貼り付けて、そこへ適当に筆記用具を取り付けても構いません。また、筆記用具は接着剤で貼り付けても、板にドリルで穴を開け、そこへ筆記用具を差し込んで固定してもいいです。後の方が、取り付け位置が変えられていいかも知れません。
 
 
 図9のやり方で円の中心と半径は解りますから、中心から筆記用具までの距離に対応して、色々なサイクロイドが描けます。色々描いて自由研究に使うといいかも知れません。更に、ここでは角材と円柱を使いますが、角材の代わりに曲がったものを使ったり、円柱の代わりに、いろいろな形のものを使って色々な曲線(この場合はサイクロイドといわず、トロコイドといいます)を描いて自由研究にしてもよいでしょう。
 
 
 ここまでの準備ができれば、実際にサイクロイドを描けます。アクリル板などの平らな板に紙を貼り、これを壁などに固定します。壁紙を破ったりすると怒られますので、ドアなどに固定した方がいいかも知れません。てっとり早いのは、セロテープなどでの固定ですが、やり方は色々あるので、自分で工夫しましょう。
 
 そして、図11のように角材に平行な直線を引いておきます(角材を当てて線を引くのが一番簡単です)。
 
 あとは、筆記用具の先端が紙から外れないように、ゆっくりと円柱を転がすだけです。どうです、きれいに描けたかどうかはともかくとして、サイクロイドが描けたでしょう。材質を選び精度のよいものを使えばよりきれいに描けるようになります。自分で色々工夫してみましょう。
 
 
3.車輪に隠された驚くべき事実
 さて、今度は車輪の回転と電車の速さについて考えましょう。
 
 
 車輪が1回転すれば、車輪の円周の長さだけ電車は進みます。このことは感覚によく合っていますね。これから、車輪が何回転したかで、電車の移動距離が解ります。
 
 では、車輪の円周の速さと電車の速さはどうでしょうか。
 
 
 車輪が1回転すると、電車は車輪の円周の長さ分進みますから、車輪が早く回転すれば、電車も速くなります。つまり、円周の速さ電車の速さということになります。これも感覚によく合っていますね。
 
 考えやすくするため、電車が、東京から大阪へ向かって、時速300キロメートル(300km/h)で走っているとします。直前で書いたことから、車輪の円周は時速300キロメートル(300km/h)で回っていることになります。ここも問題ないですね。
 
 
 そうすると、車輪がレールと接しているところでは、車輪は進行方向と逆方向へ時速300キロメートル(300km/h)で移動していることになります。電車の進行方向と全く逆方向へ動いているので、差し引き時速0キロメートル(0km/h)、つまり停止していることになります。接しているときだけですから、一瞬停止といった方がいいでしょう。
 
 もう一度書くと、電車が時速300キロメートル(300km/h)で走っているときに、車輪はレールの上に乗った点が一瞬停止しているということです。どうです。全く感覚に合わないでしょう。でも現実に起きていることです。
 
 ここでは電車で書いていますが、自動車でも、自転車でも同じです。
 
 更に、電車の車輪の場合はフランジがあります。フランジは、レールに乗る部分よりも円の半径が大きいので、円周も大きくなります。したがって、円周の速さも速くなります。
 
 
 このことから、少しの間ですが、フランジ上の点は、進行方向と逆方向へ向かって動いているということになります。
 
 以上をまとめると、東京から大阪へ向かって時速300キロメートル(300km/h)で走っているときに、車輪は、常に一瞬停止すると部分と、逆に大阪から東京へ向かって動いている部分とがあるということです。
 
 大方の人は、感覚に合わず信じられないでしょう。そこで、前章でやったサイクロイドの作図が意味を持ってきます。円柱の円周上に筆記用具を取り付けて、ゆっくりサイクロイドを書き、筆記用具の部分をよく観察しましょう。確かに、筆記用具が角材の表面の位置にきたときに、一瞬停止している様に見えるはずです。
 
 もっと解りやすく、円柱の円周よりも外側に筆記用具を取り付けて、ゆっくりサイクロイドを描きましょう。筆記用具が、進行方向と逆方向へ進んでいることがはっきりと見えるはずです。わざわざサイクロイドの作図をやっていた意図が理解できましたか。
 
 
4.おわりに
  「木を見て森を見ず」という諺(ことわざ)があります。しかし、逆に「森を見て木を見ず」、あるいは、「森に目を奪われ木を見られない」ということになっていないでしょうか。
 
 電車が走っていることから、感覚的に、全部一緒に走っていると思いがちです。わざわざ、車輪の動きを見て、不思議な現象が発生していると考える人はあまりいないでしょう。最も、電車の車輪の動きはよく見えませんが。
 
 また、スポークに反射板を付けた自転車をよく見かけます。この反射板の動きは図5のように見えるはずですが、実際には回転しているように見えます。これは我々の脳が、勝手に車輪を追尾しているからでしょう。いったい、脳の処理系はどうなっているのでしょうか。
 
 このように、日常よく見かけることでありながら、大きな運動だけ見て簡単だと思い込み、細かく運動を見てない、あるいは見えないということがあります。これは運動だけに限ったことではありません。ちゃんと、ものごとの細部まで見える目(脳の処理系)が欲しいものです。それができないなら、理論的に考え、頭の中でイメージを構成してみる努力が必要でしょう。みなさんはどう思いますか。
 
 
 
平成25年3月3日
著作者 坂田 明治(あきはる)
 

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