第69話
 トルクを感じ、考えることは楽しい
 

 
「主な読者対象」
 理科が好きな生徒やその両親並びに理科があまり得意でない小中学校の先生など幅広い人達を対象に考えてみました。
 
 
「理解してもらいたい事柄」
 ぐるぐる回ることを表現する場合でも、モータのように相手を回転駆動させる場合の駆動トルクと、モータや人の力など外からの力よって回転駆動される場合の負荷トルクの二種類があります。このトルクとは何でしょう、またどのようなところに使われているのでしょうか?
 将来の新しい用途などについても学んでもらえることを期待しています。これらの事柄を知ることにからこれまでにあまり馴染のすくなかった工学の分野にも興味がわいてくることを期待しています。
 
本 文 目 次
 
 
著者 石川 泰
 

 
 
第69話 トルクを感じ、考えることは楽しい
 
1.トルクについて
 今回はトルク(Torque)について説明します先ず以下の基本的なことをご理解下さい。
 
 モーメントという言葉は、知っているかと思います。「てこの原理」で、棒状の「てこ」に直角に働く力と、支点までの距離の積を、モーメントと読んでいました。また滑車の場合にも、滑車の接線方向へ作用する力と、その半径の積をモーメントと読んでいました。しかし「トルク」という言葉は使用されませんでした。
 
 モーメントとトルクの意味は基本的には同じです。工学の分野では、その両方が使用されています。ぐるぐると回る場合は、トルクと言う言葉を使用されているようです。ここではその区分について話しをするのが目的ではなく、ぐるぐる回る場合の話ですので「トルク」と言う言葉を使用します。
 
 トルクの単位は、加わる力を「N」(ニュートンと呼び)で、距離を「m」(メートル)で表現すると、「Nm」(ニュートンメートル)となります。例えば、10Nの力が、中心から0.5m(50cm)の所に作用する場合のトルクはT=10(N)×0.5(m)=5Nmとなります。
 
 トルクと一口で言っても、実は二種類あります。モータのように相手を回転駆動する場合の駆動トルク(Drive Torque)と、モータとか人力等の外力よって回転駆動される場合の負荷トルク(Driven Torque)です。ここではアプリケーションが多い後者の負荷トルクについて話します。先ず負荷トルクの大きさを知る必要があるので、その測定方法について説明します
 
 
2.負荷トルク(Driven Torque)の測定方法
 このトルクは、駆動されるに必要なトルクを測定するので、構成としては駆動するためのモータ、駆動されている時のトルクを測定するためのトルクセンサー、場合によってはその時々の速度、角度を知るための角度センサーなどが必要です。
 
 要素部品としては上記のようですが、組み合わせた形態には数種類あります。代表的な形態の模式図を図1に示します。
 
図1 トルク計構成模式図
 
 ワーク1は、トルク計2で回転駆動されます。トルク計2は、トルクセンサー3と制御装置4とソフトが内蔵されたパソコン5で構成されています。トルクセンサー3の内部には、モータ6、トルク検出センサー7および角度検出センサー8があります。
 
 このトルクセンサー3をカップリング9を介して1に連結します。モータ4を、ソフト内容に従って制御装置4で回転駆動し、そのデータをパソコンに収録、表示します。もちろん上記は一例で、測定目的に応じて形態は異なります。
 
 では上記のような構成で、実際のワークでの測定した場合についてお話します。
 
 
3.開閉式携帯電話の場合
 見慣れた携帯電話として、図2のような開閉式のものがあります。使用する時に、蓋を開いて、使用が終わると閉じるタイプのものです。
 
図2 開閉式携帯電話の外観
 
 店頭には、いろいろなメーカの、あるいは型式の携帯電話が展示され、お客様が開けたり、閉めたりして、その感触が自分の好みに合っているか確認して購入しています。このため携帯電話のメーカ、あるいは部品を製作しているメーカは、お客様に気に入って貰える製品を作ることが非常に重要になります。
 
 この開閉した時の感じは、トルクを測定することにより把握出来ます。図3は、その原理の図を、また図4にその測定状況を示します。図5にその測定結果のグラフを示します。
 
 
 
 
図3 負荷トルク計による携帯電話の開閉トルク測定原理図
 
 
図4.携帯電話の開閉トルク測定状況
 
 
図5 携帯電話開閉トルク測定結果
 
 測定結果を示すグラフは、横軸に角度を、縦軸にトルクとしています。このカーブは、開閉式携帯電話を屏風のようにして、その画面が付いている蓋を開閉した時のトルクの状態を示し、人が感ずる手応えになります
 
 グラフは横軸に対して上下に分かれています。角度は、蓋が閉まった状態を「0°」とし、蓋が開いた角度を示しています。
 
 一方、トルクは蓋を開ける方向のトルクを「+」に、閉める方向のトルクを「−」に取っているので、横軸に対して上下に分かれます。
 
 この携帯電話の開閉トルクについて、観察し考えて見ましょう
携帯電話の蓋を開ける時、角度は0°からスタートしますが、トルクは0ではなくA点からになっています。蓋を開けていくと、トルクは山状(B点)に変化し、平坦(C点)になって移行した後、終点近くで下降し、終には「−」になり、いわゆる吸込まれるように引付けられ谷のD点で到達します。逆に蓋を閉じる場合は、上記と逆になります。
 
 
4.トルクに変化をもたせる理由
このようにトルクに変化を持たせているのは、次の理由によると考えています。
A点:
携帯電話をポケットとか、鞄にいれて持ち運ぶ場合、勝手に蓋が開かないようにキー側の本体に、バネの力で押付けられるようにしている。
B点:
山状に更に大きくし、蓋が開けた時の勢いで大きく開くように溜めを作っている。閉まっている状態で、更に大きいトルクが掛かって開かないようにしている。
C点:
途中で止めても姿勢が保持出来るように、またガクガクしないように。
D点:
蓋が開いた状態で保持出来るようにしている。
 
 以上のようにA〜Dの各点のトルクには、それぞれ意味があり、これをバネと機構内に凹みとか切り欠き等を設けて実現しています。
 
 携帯電話の購入者は、携帯電話を開けたり、閉めたりしてフィーリングを評価していますが、実はこれらの各点のトルクの状態が好きか嫌いかを試している訳です。このため、携帯電話各メーカさんは、あるコンセプトに基づいて設計製造し、出来た製品を、上述のように測定評価し、修正設計し商品化する訳です。
 
 従来は、手とかバネ秤で測定していましたが、トルク計を使用することにより定量化、ビジュアル化が出来、より的確な製品を作れるようになりました。
 
 また購入されたお客様が製品を長期間、使用環境下(温度、湿度)使用しても、性能が維持されているかということも重要で、市場回収品をトルク測定することにより製品一生の性能を保証できる訳です。
 
 この携帯電話に似た物としては、ドアのヒンジの開閉、ウォッシュレットの蓋の開閉、コピー機の蓋の開閉等々があります。これらの動きも、良いものには品と言うか、風格があります。当然、ここにもトルク測定評価の技術が導入されています。
 
 以上のようにようにトルクを測定評価することは、今まで見過ごしていた現象が定量的に把握解析出来るので大学、研究機関あるいは工業分野で重要な技術になりうると考えています。
 
 下の図6は 昭和大学歯学部でのインプラント用ネジの埋入トルク測定状況です。
 
図6 インプラント用ネジの埋入トルク測定
 
 またトルクに関連すると目される情報(温度、振動、音、化学物理的変化的性状)を同時に取込むことも可能なので、総合的な判断にも役立ちます。
 
 トルク測定評価技術は、カテーテル、インプラント、シリンジのようなメディカル分野を始め、自動車、時計、精密機械、モータ等の分野等幅広く利用されています。それらについても説明したいですが、紙数の関係上 またの機会とさせて頂き、このトルク計の今後の可能性としての考えられる一応用例について話させて頂きます。
 
 
5.攪拌、混錬機への応用
 攪拌とか混錬、あるいは微生物の反応の進行により性状が変わって来る物質が多くあります。例えば樹脂類、高分子化合物の製造工程とか微生物による合成、分解工程への応用です。
 
 高分子化合物の場合、数種類のペレットを混合して攪拌混錬して期待する材料を製造しますが、これらのペレットの分子量はまちまちかで、同じような作業をしても良い結果が得られるとは限りません。このため、そのプロセス進行中に、材料の性状変化を把握し、制御促進する必要があります。
 
 このような所にトルク計を投入し、プロセスの途中での生成物の性状を、トルクと言う物理量とサンプル解析で、反応進行状態を把握することにより、再現性があり、性状が安定な材料を、より短時間で製造できるプロセスを開発できるのではないかと思われます。
 
 図7に想定される具体的方法と、トルク変化状況を一案として示します。
図7 混錬、攪拌プロセスへのトルク測定技術の適用
 
 以上トルク測定と評価について述べましたが、原理を踏まえて、現実の現象をつぶさに観察し、それを定量化することで現象を理解し、次にそれを制御することが本当に楽しく 「理科好きの子供の広場」で遊ぶには 格好の遊具ではないかと思います。
 私は、フィーリングを大切にするのは、進んだ文化の象徴で、日本の重要技術と考えています。
 
平成22年1月29日
著作者 石川 泰(やすし)
株式会社 プロテクト 
システム開発担当取締役
叶V日本製鉄 元主幹研究員

 

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