第28話
 数のおけいこ
 

 
「主な対象読者」
今回の対象者は小学生以上です。
特に、親御さんと一緒に読まれるのが希望です。
今まで対象者の下限は書いてあっても、上限は付けていませんでした。
これには、大人もキチンと勉強するようにとの意味を込めていました。
 
 
 
 
本 文 目 次
 2.個数
 3.順序
著作:坂田 明治
 
 

 
 
 
第28話 数のおけいこ
 
1.解りやすい日本語を書こう
 
 まあ、この件は色々あって果てしないので、特に重要なことだけに絞ります。会話でも、問題を考える間でもいいのですが、話が一段落つくまでは、異なるものに同じ記号や文字、言葉などを割り当ててはいけません。話が混乱します。これは非常に重要なことなのに、なぜか教わる機会が全くありません。実に不可解です。自分で悟れ(さとれ)というのでしょうか。あるいは、親や先生方が全く気づいていないのかも知れないな。
 
 では、どうして異なるものに同じ文字や記号などを割り当てると混乱するのか見ていきましょう。
 
 簡単なところでは、「にわにはにわのにわとり」というのがあります。意外と小学生は正しく意味をとらえられ、大人ほどダメです。これ、「にわ(は)」が異なるものに何度も割り当てられることが原因です。漢字、カタカナを混ぜて書くと解りやすくなります。「庭には二羽のニワトリ」と書き直せば一発で解りますね。念のために書いておきますが、全部ひらかなで書いたのが原因ではありません。同じ文字「にわ(は)」を異なるものに割り当てているのが原因です。「いけにはさんばのあひる」というのは、ひらかなばかりですが意味はよく解りますね。わざわざ「池には三羽のアヒル」と書き直すまでもないでしょう。要するに、漢字やカタカナを用いて、異なるものに異なる文字が割り当てられていれば解りやすくなるということです。
 
 今度は、「すもももももももものうち」というのはどうでしょうか。えらく解りにくいですが、「スモモもモモもモモのうち」と書けば解りやすいでしょう。これも、異なるものに異なる文字を割り当てれば解りやすくなるという例です。
 
 他人との会話になると更に複雑になってきます。よく分野の異なる人どうしの話は混乱しますが、これも異なるものに同じ文字や記号を割り当てていることが原因です。例えば、天文学では水素とヘリウム以外の元素を全て「金属」と呼んでいます。化学屋相手に、このような意味で「金属」という言葉を使うのはご法度(ごはっと)です。人の話をろくに聞かずに怒り出す人もいますから。特に、担任が化学の先生のときに、こんな意味で使ったら、職員室に呼び出されて怒られることになるでしょう。別に本人は悪くないんですが、人の話をちゃんと聞かずに怒る典型です。なお、化学の意味での金属は、百科事典とか、理化学辞典などを引いて自分で調べましょう。
 
 他にこんな例もあります。「GK」という略語がありますが、これを見て、サッカー好きなら、「ゴールキーパー」のことだと思うようです。まあ、理工系の人なら、「ガウシャンカーネル(ガウス核)」のことだと思うでしょう。どっかの会社では、「業務連絡会議」のことだって。最初に聞いたときは「なにこれ」と思いました。
 
 まだまだ、いーーーっぱいありますが、きりがないのでこの辺で止めましょう。とにかく、異なるものに同じ言葉や記号を割り当てている場合があるので、最初にキチンと言葉をすりあわせておいた方がいいです。それが第一歩です。
 
 本稿を読んでいるあなた、いずれは「理科好き子供の広場」の原稿を書くことになるかも知れませんよ。そのときには、「異なるものに同じ文字や記号を割り当てると混乱する」というここでの注意を思い出してみてください。
 
 さて、世の中は不平等です。異なるものに同じ記号を割り当てるのはご法度ですが、同じものに異なる記号を割り当てるのは全く問題ありません。そもそも、A=Bと書いても問題ないでしょう。これは、なんだか知らないけど、何かにAとBという二つの記号が割り当てられているということです。
 
 もっと、具体的な例を書きましょう。「職員室」を、「評定所(ひょうじょうしょ)」と呼んでも、「竜(たつ)の口」と呼んでも、「拷問部屋(ごうもんべや)」と呼んでも意味は同じです。ははあ、こいつは職員室に呼ばれて怒られる常習犯だなと余計なことまで解ってしまいますね。これ、「あのやろーどうした」という問いに「職員室に呼び出された」と言っても、「評定所に引き出された」と言っても、「また竜の口だよ」と言っても、「拷問部屋に連れて行かれた」と言ってもどれでも全く一緒です。こちらは表現の豊かさになるでしょう。
 
 ここでの要点は、「異なるものに同じ文字や記号を割り当ててはならない」、「同じものに異なる文字や記号を割り当てるのは可」ということです。この点に注意するたけで結構解りやすくなります。我こそはと思う方は、理科好き子供の広場用の原稿を書いてみましょう。とても勉強になりますよ。
 
2.個数
 
 ものの数を数えてみましょう。日本語では、個数を数えるのに、色々と性質や形状が解るような単位を付けています。ここが、日本語の優れたところなのですけど、「難しい」とか「覚えるのが大変だ」と言ってた外国人がいました。少し見ていきましょう。
 
 一つ、二つ、三つという数え方は、なんにでも使えます。単に数を数えているのか、それとも個数を数えているのかはっきりしませんので、その分色々なところで使っても問題ありません。
 
 動物を数えるときは、通常、一匹、二匹、三匹と数えます。もちろん、一つ、二つ、三つでもなんら問題はありません。しかし、一匹、二匹、三匹と数えた方が、あえて動物という感じがしますね。馬みたいな大型の動物では、一頭、二頭、三頭と数えます。頭が大きいからでしょうね。大型動物という感じが出ています。一方で、ねずみみたいな動物では、一尾、二尾、三尾と数えます。体が小さくて尻尾(しっぽ)が長いからでしょうか。他に、一体、二体、三体とか、一個体、二個体、三個体という数え方などもありますが省略。
 
 鳥の数え方は、一羽、二羽、三羽と数えます。羽があるからでしょう。もちろん、一匹、二匹、三匹でも間違いではありませんが、一羽、二羽、三羽の方が鳥という感じがしますね。
 
 昆虫は、一匹、二匹、三匹ですね。他の数え方はあったでしょうか。
 
 魚では、一匹、二匹、三匹という数え方の他に、一尾、二尾、三尾とか、一枚、二枚、三枚という数え方や、一本、二本、三本という数え方があります。一枚、二枚、三枚と数えたときは平べったい魚ですし、一本、二本、三本と数えたときは細長い魚です。
 
 木や草は、一本、二本、三本と数えますから、やっぱり細長いという印象が出ています。しかし、りんごやみかんは一個、二個、三個と数えるので、あまり生き物と考えていないような感じがしますね。
 
 今度はものです。一個、二個、三個という数え方はなんにでも使えますが、もちろん、どんな感じのものかが解るような単位の付け方もあります。しかも、やたらと種類が多いので、一々書くのは面倒です。鉛筆やボールペンは一本、二本、三本です。やっぱり細長いからでしょう。台座に鎮座(ちんざ)しているようなもの、例えばPCなどは、一台、二台、三台ですが、車は走り回るのに一台、二台、三台です。なんででしょうか。車両は一両、二両、三両ですし、飛行機は、一機、二機、三機。船だと、一そう、二そう、三そうとか、一隻、二隻、三隻など。本は、一冊、二冊、三冊ですし、紙は一枚、二枚、三枚です。変わったところで、刀は一振り、二振り、三振りと数えます。振り回すからこう数えるのでしょうか。
 
 確か、微生物は、一個、二個、三個と数えていたと思いますから、生き物と思っていないのでしょうか。ウィルスにいたっては、一ウィルス粒子、二ウィルス粒子、三ウィルス粒子と数えていましたので、粒子扱いですね。
 
 きりがないので止めますが、確かに日本語の数の数え方は難しいですね。しかし、その分、数えている対象の形状などが解るので優れています。
 
 そうそう、最初に書いた外国人は、他にも例えば、一羽、二羽、三羽と書いても、「いっぱ」、「にわ」、「さんば」といい方が変化するので難しいとも言ってました。いいやすいように語呂が変化しているだけだと思いますけど、やっぱり難しいのでしょうね。
 
 さて、数を数えるということはどういうことでしょうか。結果として、自然数を割り当てていますから、個数と自然数は密接な関係にあります。ただし、「個数」を考えるときは0を自然数に入れておかないと色々不都合が発生します。「財布忘れた。文無しだ」というのは、「所持金0円」ということですね。「品切れ」とか、「売り切れ」というのも「在庫が0」のことです。しかし、次の章で出てくる「順序」を考えるときは0を自然数には入れません。入れると都合が悪くなります。かけっこで「1着」というのはあっても、「0着」というのはないでしょ。自然数に0を入れるか入れないかで目くじら立てる人がいますが、どっちに統一しても問題がありますので、都合のいいときは入れて、都合が悪いときは入れないということでいいんじゃないかな。
 
 
 それでは個数ってなんだろ。図1を見てみましょう。どれでも三つです。3という数字が割り当てられているので、数が同じと解りますが、もう少し考えてみましょうね。
 
 数字を知らないやつが見たって、個数が同じであることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)です。それなら、なぜそうなのかを考えるべきでしょう。
 
 
 個数が同じかどうかは、ひもでつないでみるとよく解ります。図2を見ると、きっちりひもでつなげました。なるほど、個数が同じであれば、ひもでぴったりつなぎ合わせることができそうです。
 
 
 ひもでつなぐときに、少し注意事項があります。図3にあるような反則行為をやってはいけません。よくばって、何本ものひもを付けるとか、相手がいないのにひもを付けるのは禁止です。きちんと一個のものからは一本のひもが出て、一個の相手に結び付けなければいけません。
 
 
 このようにすると、数が合わない場合、図4のように余りがでます。これ、どうつなぎ方を変えてもかならず余りがでます。
 
 それで何が解ったか考えましょう。数が合わないと、必ずひもでつないだときに余りがでます。一方、数が同じであれば、余りも不足もなく、ぴったりとひもでつながります。
 
 
 こう考えてくると、個数の概念を考える目処(めど)が立ちましたね。まず、「個数が等しい」ということは、ひもでつなぐと、余りも不足もなくぴったりとひもでつながることです。(まぎわらしいのですが、あくまでも「個数が等しい」ということで、まだ、「個数」の話ではありません)
 
 
 図6はそれぞれ、ビー玉とDVDのメディアの個数が等しいことを書いた絵です。色々な場合で、確かめてみましょう。実際に自分で絵を書いて確かめるような習慣を付けるといいですよ。
 
 少し、「個数が等しい」ということの性質を調べてみましょう。図2では、「ビー玉とDVDのメディアは個数が等しい」、「DVDのメディアとオスのあひるは個数が等しい」という絵でした。ここで、「あひるを個数などと数えるとはなんたることか。この章の最初に書いていることと違うじゃないか」と文句がきそうですが、無視します。「個数が等しい」というのは、それがなんであるかということを無視してしまいます。その上で、それがなんであろうとも、その種類に関係なく、ひもでぴったりつなげるかどうかを考えることなのです。これを「抽象化(ちゅうしょうか)」といいます。
 
 ここまでくれば、この章の最初に書いてあったことの意味が解ってきますね。日本語は
ものの(生き物も含む)個性や形状を尊重していますが、抽象化するというのは、これらの個性などが無視されるということです。その上で注目している性質だけを考えることです。今は解りにくいかも知れませんが、おいおい解ってくると思います。
 
 
 さて、図2から、ひもでつなぐ相手を変えると図7となります。つまり、「ビー玉とDVDのメディアは個数が等しい」、「DVDのメディアとオスのあひるは個数が等しい」ということから、ひもを付け替えて「ビー玉とオスのあひるは個数が等しい」ということになります。
 
 要するに、「個数が等しい」という図2みたいな関係がいくつかあれば、ひもを付け替えてもかまわないということです。そうなると、どうせひもの付け替えが出来るのだから、何かを基準として選んで、そこからひもでつなげばいいことになります。ビー玉とDVDのメディア、ビー玉とオスのあひるの例、図2、図5、図7をよく見て考えましょう。
 
ここでは、ビー玉を基準にしましょう。ビー玉が○だけだと、これと「個数が等しい」ものが決まります。ビー玉が○○だと、これと「個数が等しい」ものが決まります。ビー玉が○○○だと、これと「個数が等しい」ものが決まります。以下同じ。一々ビー玉と、そこからひもで結んだ絵を描くのは面倒だし、数が多くなると描ききれなくなります。これでは不便なので、表記を簡単にするため、「個数」という概念を導入しましょう。
 
 ビー玉が○だけのとき「1個」とします。以下、ビー玉が○○のとき「2個」、ビー玉が○○○のとき、「3個」、以下同様として、これを「個数」とします。そして、DVDのメディアであれ、オスのあひるであれ、なんでもいいのですが、その対象となるものと、個数の等しいビー玉の個数を、その対象の「個数」といいます。「なんだこれは。第一章で、異なるものに同じ文字とか記号を割り当ててはいけないと書いてるじゃないか」と怒り狂う人もいるかと。これには、つらく悲しい非業の歴史が隠されています(ウソ!)。
 
これが、抽象化というものです。ものの個数というように、「個数」という性質のみに着目してその他の性質を捨て去り、「個数の等しい」ものは全て同じとみなしたためです。例をあげましょう。ビー玉1個でも、水素原子1個でも、赤色巨星1個でも、超巨大銀河団1個でも、1個は1個です。1個だという点ではなんら変わりません。しかも、ビー玉が全ての基本です(この原稿の中だけですけど)。あっちこっちで、「宇宙の基本はビー玉だ」と言いふらして、頭がぴーだと思われても一切責任を取りませんので悪しからず。
 
 ところで、ビー玉が1個もないときはどうでしょうか。こういうときは、あえて0個ということにします。当然、DVDのメディアが全然ないとか、オスのあひるが全然いないという状況は起こります。これらは、ものがない状況ですので、やはりビー玉を基本に0個ということにします。これで「個数の概念」はできましたね。そして「個数」を表すのに「自然数」はぴったりです。
 
こうした上で、やはり、DVDのメディアが5個とか、オスのあひるが6個とかいうのは日本語としておかしいのから、DVDのメディアが五枚とか、オスのあひるが六羽とかいうことにします。一旦、抽象化して、概念的に解ったら、再び元へ戻ってくるのもよくあることです。
 
3.順序
 
 前章で、自然数は個数を表すのに都合よいものであることが解りました。ここでは、もう一つの側面である「順序」ということについて考えます。普通は順序を考えるときに、0番目とはいいませんので、ここでは0を自然数には入れません。入れた方が都合のよいこともあるのですけどね。
 
 順序をつけてキチンと並べることを考えましょう。
 
 
 体育の授業で、「全員整列。番号!」というのは、誰でも経験があると思います。これは順序をつける典型的な例ですね。
 
 体育が出てきたので、少し脱線します。どっかの国の外来生物に関する法律は大変に問題のある法律です。まあ、他にも悪い法律がいーーーっぱいありますが。
 
 体育と外来生物法なんて結びつかないと思っている方も多いでしょうが、こんな理由です。子供たちの体力増進、というよりも体力不足解消のためには、校庭を自由に走り回らせた方がいいのはいうまでもありません。その際に、校庭を芝生化してあれば、足首にかかる負担も少なく、怪我(けが)もしにくいでしょう。足を捻挫(ねんざ)しているときに芝生の上を歩けばよく解ります。
 
 ところで、国内産の芝生は冬になると枯れてしまいます。しかし、子供たちのために校庭を芝生化したいという人たちは、「冬も緑の方がいいな」といってます。気持ちは解りますが、でも、そうなってくると外来種の芝生を使わなくてはならなくなります。ところが、外来生物法でそれはできません(こんなことでいいのか)。結果として、子供たちの体力増進が犠牲(ぎせい)にされていますね。(次代の担い手をどうするのでしょうか?)
 
 他にも、ヒートアイランド現象の対策として、屋上緑化などが推進されてますが、これも、国内種だけでは、屋上みたいな過酷(かこく)な環境に耐えられませんから、外来種に頼らなくてはなりません。でも、外来生物法があります。不思議なことに、屋上緑化や壁面緑化が進んでいるとか話が出ているので、何かおかしい。法律を無視したか、水とエネルギーの大量投入をやっているのかな。当然、理想的には雨水だけでうまくいくことです。
 
 のり面(斜面のこと)の緑化はどうするんでしょうね。さっさと緑化しないと、表土の流出から崩壊(ほうかい)へと進みます。しかし、国内種は荒地に生えにくいので、とりあえず荒地によく生える外来種で緑化し、その後で国内種への遷移(せんい)という手が使えなくなります。
 
 元々、マングース、カミツキガメ、ブラックバスなどの駆除(くじょ)が目的だったはずなのに、とんでもないことになりましたね。色々とおかしな点がありますので、自分で調べてみましょう。なお、植物層は常に遷移(せんい)するということを念頭(ねんとう)に置いて考えましょう。理科と社会科の先生と一緒に調べて考えるのがお勧めです。
 
 話を元へ戻しましょう。順序をつけるというのは、図8みたいに並べることです。なにかにつけ順位(順序)をつけることがありますね。図8をよく見てみましょう。ほら、順序つけると、どの二人を比較しても、どっちの方が前か後ろかはっきり決まります。
 
 
 また、「あいつ」という人の方が「こいつ」という人より順序が前で、「こいつ」という人は「おれ」より順序が前だとすると、「あいつ」は「おれ」より順序が前です。職員室に呼び出されて順番待ちをしているときを考えましょう。「こいつはおれより前だし、あいつはこいつの前だから、あいつはおれより前か」という具合です。ということで、「あいつ」が終わるまではボーっとしていてもいいや、「こいつ」が終わったら心の準備をしようかと心に余裕を持てたりします。
 
 このように「順序」をつけますが、その「順序」を表す数のことを「順序数」といいます。これまた、「順序数」を表すのに、「自然数」はぴったりですね。
 
4.もっと考えよう
 
 また、いつものように最後はおまけの章です。もう少し「個数」のことについて考えましょう。
 
 
 自然数全体(今回は0を含みません)を考えると、不思議な性質があります。図10のように、自然数全体と、偶数とをひもでつなぐことができます。偶数は自然数の一部なのにです。2章で「個数が等しい」というのはどんなときかを決めましたね。これからすると、自然数と偶数は個数が等しいということになります。
 
 これはとても変な性質です。例えば、ビー玉3個で考えると、ビー玉は○○○しかないのだから、この一部は、○と○○しかありません。○はどうやっても○○○とひもでぴったりつなぐことはできません。また、○○もどうやっても○○○とひもでぴったりつなぐことはできません。こうやってみるととても変な性質であると解るでしょう。
 
 普通、自然数といえば、1、2、3、・・・のことでどれも有限です。ですが、自然数全部となると、これは「無限個」でしょう。日本の単位では「無量大数」というのがありますが、そこで終わりではありません。もっと先が考えられますし、作ることができます。これは1を足せばいいからです。「1無量大数+1」とすればいいんですよ。更に、どんどん1を足していけば、どんどん大きな数が作れますね。
 
 ということで、自然数全体は無限個です。無限個なんだから、有限個のときとは違う性質を持っていると考えるのは当然です。その特徴が、実は、図10に表されています。つまり、「無限個というのは、その一部を取り出しても、元のものとひもでぴったりつなぎ合わすことができる」ということです。面白いですね。
 
 「個数」で無限個が考えられましたが、「順序」でも無限は考えられます。ただ、かなりの準備が必要なので、将来の楽しみとしましょう。そして、図8は拡張されて、「整列定理」とか、「整列可能定理」という名前で出てきます。これもまた楽しみの一つです。
 
 更に、無限個ならなんでも同じというものでもありません。つまり、無限個にも色々なものがあります。楽しみですね。
 
平成19年9月4日
坂田 明治(あきはる)
 

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