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332. 水素自動車の水素の値段.9-25-2003.
 
「第2の火」時代の幕開け
アラブとエネルギーを専門とするジャーナリスト・最首公司氏は、自著「人と火」でエネルギー源と文明との関係に斬新で面白い考えを披露しています。簡単にその概要を最初に紹介します。
 
薪炭を燃料に使っていたイエス・キリストの生まれた頃の推定世界人口は2億5千万人で、その人口が2倍の5億人にまでに1600年もかかった。石炭を燃料とする時代になると、わずか100年で2倍となり(1830年の10億人が1930年に20億人)、石油の時代になると人口倍増年数は石炭時代の半分である50年に短縮された(1980年に40億人)。
 
薪炭、石炭も石油も燃料として使うと炭素が酸素と結合して二酸化炭素をだします。燃料は炭素原子と水素原子を含むが、その構成比は燃料によって異なります(表1)。薪炭は水素原子1個に炭素原子が10個も付いていますが、石炭は水素1個に炭素が2個である。石油になると水素2個に炭素が1個、天然ガスでは水素4個に炭素が1個だから、燃やしても炭素をだす量は「薪」の40分の1、石炭の8分の1となる。人類は炭素の少ない燃料を求め、その獲得に成功して人口を増やし繁栄してきた。これまでの文明を支えてきた燃料「第1の火」とすれば、今後のクリーンな「第2の火」は炭素を含まない「炭素ゼロの燃料」、つまり「水素」である。
 
表1.燃料に含まれる炭素と水素の比率
燃料の種類 炭素原子と水素原子の構成比
薪炭 炭素10個 + 水素1個
石炭 炭素2個 + 水素1個
石油 炭素0.5個 + 水素1個
天然ガス 炭素0.25個 + 水素1個
水素 炭素0個 + 水素2個
最首公司著「人と火」より改変
 
水素自動車時代の到来
21世紀を迎えた新年の新聞を飾ったビィグニュースは、水素ガスで動く電気自動車が2004年にドイツの企業より登場するとのニュースであったと記憶している。ところが予測より2年間ほど早く、国産の水素燃料電池自動車の20台近くが(現在はもう少し多いらしい)が国内外の公道を毎日走行しているようです。燃料電池自動車の値段は、一説によれば一台2億円程度になるらしいようです。
 
水素の作り方
水素の作り方を分けると表2のように2種類があります。
 
表2.水素を作る方法
物理化学的な方法
1 水の電気分解
2 ナフサや天然ガスなどの化石燃料の改質
3 アルコールやメタンなどの有機物の改質
4 シクロヘキサンやナフタレンなどの化学物質の改変
生物学的な方法
5 酵母が作ったアルコールの改質
6 古細菌が作ったメタンの改質
7 藻類が作ったスターチの変換
8 細菌に水素を直接作らせる方法
 
物理化学的な方法は、水素の工業的な大量生産に向いていると思われるが、高温高圧の特殊な装置、莫大なエネルギー消費と二酸化炭素排出が問題となりそうです。一方、生物学的な方法は、生き物の生きる力、即ち生化学的反応であるため省エネルギー型で且つ常温常圧で反応が進行するので特殊な装置が不要です。生物によるエネルギー源の生産は、物理化学的な方法ほど迅速に進行はしなと思われますが、エネルギー消費と二酸化炭素排出の問題は内在しないのでクリーンなエネルギーを確保する手段としては優れた方法と考えられます。
 
光合成微生物による発電のメリット.
水素を作る微生物は、藻類も含む光をエネルギー源とする光合成微生物(明反応)と光を必要としない水素発酵細菌(暗反応)に分けられます。光合成微生物は、光と二酸化炭素が存在すれば水素を作れる特徴があります。明反応と暗反応の特徴的な違いを表3に示します。
 
表3.明反応と暗反応の違い
項 目 明 反 応 暗 反 応
利用エネルギー 有機物の分解
水素の作り方
 
二酸化炭素−でん粉−水素
水−水素
糖質−水素
 
水素の出来高 光度と受光面積に依存 培養容積(量)に比例
水素生成速度 緩慢、暗反応の千分の一程度 迅速
微生物の特徴
 
光合成細菌〜藻類
 
通性嫌気性〜嫌気性細菌
 
神戸大学の勝田知尚博士は、「光合成細菌によって生産された水素によって発電を行い、1世帯の電力をすべて賄うとすると、どれくらいの受光面積が必要となるか」を計算し、その結果を生物工学会誌に公表しています。その概要を紹介します。
 
夫婦と子供2人の標準的な家庭1世帯の月間使用電気量は310kWhである。この電力を光合成細菌より生産される水素を変換して得られる電力で賄うとして、いろいろな条件を設定して培養液所要体積を求めています。詳しい条件や計算式は最後にあけてある文献を参照してください。
 
一軒の家庭の電気を賄うには6.9立米の光合成菌の培養液があれば良いとの計算値が得られました。光合成に有効な強い光が到達できる培養液の深さは1cmであることを考慮すると、培養液6.9立米は面積に変換すると深さ1cmの690平米となり、これは約200坪の土地が必要となる。光合成微生物による水素発酵は、実は非現実的な値となることが判りました。
 
シロアリ菌で作る水素の製造原価
細菌の発酵(暗反応)力で水素を作らせるとしたら、水素1kgの製造原価はどの程度になるかを知るために大雑把な計算をしてみました。ここに記すような成績は、これまでに全く存在しません。世界で最初の試算になります。
 
前提条件として、次のような項目を設定した。
1.水素1モルは22.4lで2gとする。水素1kgは500モルに相当し、容積としては
11.2kl(1kl=1,000 l)となる。
2.水素を作る原材料として市販の白砂糖を用い、1kgは百円とする。
3.菌を培養するフラン器や水素発酵用の高温槽や撹拌機などを作動させるための電気料、嫌気性ガス代および試薬代の類はここでは全て計算外とする。
4.シロアリから分離した水素生成菌AM21B株は、砂糖1gから約600ml(0.6l)の水素を作り、毎時3g/lの割合で砂糖を分解する。
 
結果の算出法としては、水素1kgを作るには11.2kl ÷ 0.6l = 約18.7kg の砂糖が必要となる。砂糖1kgは百円ですから、水素1kgを作るための砂糖の購入価格は1,870円となります。水素1kgを作るには18.7kgの砂糖を発酵させる必要があり、水素生成菌AM21B株は毎時3g/lの割合で砂糖を分解できます。そのため1トンの発酵槽を使えば毎時3kgの砂糖を発酵でき、約6.2時間で水素1kgを作ることができます。発酵槽を3トンにすると、毎時9kgの砂糖を分解でき、約2.1時間で水素1kgを約6.2時間で3kgの水素を作ることができることになります。計算上はマーケットから購入する「砂糖1,870円で水素1kg」が作れ、意外に小さな発酵槽でしかも短時間にできることが判りました。 
 
水素1kgの仕事量
燃料電池車を1日に300km程度の距離を場合によっては時速100キロ程度の高速で動かすには、水素を3kgから5kg搭載していることが必要のようです。水素1kgの砂糖からの製造原価は、上に示した計算から1,870円ですから、現在の条件でも5kgの水素は9,350円で作れる計算となります。
 
家庭に設置する燃料電池で1kWの発電しようとすると、毎分18lで水素ガスを流す必要があります。水素1kgで1kWの発電が何時間継続できるかを計算してみた。水素1kgは11.2klですから、11.2kl ÷ 18l = 10.3時間となります。1kWのフル発電を10時間以上継続できます。仮に一般家庭に1kWの燃料電池を設置するとしても、時間帯に無関係に常時1kWの電気を使うことはないと思われるので、水素が1kgあると1日程度使える可能性が考えられる。したがって水素が1kgあると、普通の家庭の一日分の電気を賄えることになり、その原価は1,870円となる。 
 
コストダウンはどこまで可能か
細菌による水素発酵で水素を製造する原価をどこまで安くできそうかを考えてみた。ここに記してきた数値、例えば、水素生成菌AM21B株の水素発酵速度3g/l/hrは、乾燥菌体量として約1g/lのときの値です。乾燥菌体量を10倍高めれば発酵速度も10倍速くなり、発酵槽の大きさを10分の1に小さくすることが現実として可能となります。
 
砂糖の価格を1kg百円として計算しましたが、甜菜農家が砂糖の原料として製糖会社に納入する場合の甜菜の価格は高くても1kgが何十円かでしょう。一部の甜菜をそのまま水素の原料にまわせば、水素1kgの製造原価は1,870円の何分の1かに下げられる。
 
発酵速度を高め、更に水素発酵の原材料費が1kg百円より安くなるだけで、水素1kgの製造原価を百円より安くすることも可能です。東京電力の電気料金を20円/kWhとすると、1日中1kWの電気を使う家庭の電気料金は約480円となります。現在の電気料金より安く水素エネルギーが確保できるのも夢ではなく、これぞまさに夢の水素製造工場である。
 
水素生成細菌の偉力に賭ける
ちなみに現在考えられている水素の製造価格の概算値を参考までに表に纏めてみました(表4)。この数値は、いま現在の価格値であり、今後は安くなることが期待されます。しかし、日本国内で水素1kgを百円以下で作れる可能性は、微生物と廃棄物の組み合わせ以外に考えられない可能性が廃棄物処理を検討している者には大変な魅力となる。
 
表4.工業的な水素製造価格
製 造 方 法
 
水 素 ガ ス の 価 格
  円/m    円/kg  
コークス炉ガス(水素57%)  16〜21
 
  179〜
   235  
ナフサ水蒸気改質   19.9      223  
ソーダ電解副生水素    20      224  
天然ガス水蒸気改質   28.8      323  
プロパン水蒸気改質   29.8      334  
メタノール水蒸気改質   30.2      338  
石炭部分酸化   36.3      407  
水の電気分解    50      560  
最首公司氏提供の資料をもとに作成







 
 
シロアリから分離した水素生成菌AM21B株は、いろいろな物質を分解して水素を生成できる特徴を持っています(表5)。水素に変換する物に食品関連廃棄物、例えば、小麦フスマ、廃棄パンや廃棄野菜ジュースなどを排出するその場で使えば、まとまった量の原材料が移動や保管の必要が無く安価に入手できるはずです。「水素エネルギー回収型廃棄物処理システム」を構築する目的は、まさにここに焦点が絞られているのです。
 
表5.シロアリから分離した水素生成菌AM21B株の特徴
細菌学的性状 絶対嫌気性(中程度)、有芽胞性、グラム陽性、桿菌
増殖域条件
 
培養温度が37〜42℃、培養液pH5.0〜6.0、栄養要求性が低い
増殖速度 大腸菌と同程度、乾燥菌体収量1g/1,000ml
水素生成速度

 
培養開始2〜3時間後に水素生成開始、5〜7時間で水素生成速度が最大値600ml/1,000mlに到達、10数時間後に終息
その他の特徴

 
塩素や溶存酸素が存在する水道水でも増殖と水素生成が可能、有機酸として酢酸と酪酸を作るが硫化水素などの悪臭物質し作らない
水素1kgが数拾円で作れると水素社会の到来は極めて身近になり、食料として作物の提供者である農家は、燃料となる作物の生産者に変貌する日も近く、休耕田もなくなり農業政策の根本的な改革が進行すると期待されます。
 
このような水素回収型廃棄物処理システムを2005年の愛知万博に展示し、世界の方々に見てもらえることを期待して頑張っている。システムを展示させてくれる協力企業をこれから探さなくてはならない。私たちの夢に力を貸してくれる企業が国内に存在することを期待しています。
 
ここに紹介しました水素の値段は、市販の砂糖を使っての計算です。しかし、砂糖が廃棄物として捨てられることはあり得ませんが、白砂糖は何処でも誰でもが購入でき、私と同じような実験を繰り返して確認したい方のためには、砂糖が一番確実な物質と考えて使いました。廃棄物を使った例を記載したら、もっと身近にかつ実用的に感じられる成績かとも思われます。しかし、例えば、私は小麦のフスマから水素を回収する成績を提示できますが、フスマから水素を出させられる水素生成菌を持っている研究者は果たして世界に何人居るのかわからないほど少ないと思われます。誰にでも追試ができる提示のほうが善いと考えて、砂糖の成績を示しました。
 
参考文献
最首公司、人と火−エネルギーと環境の旅で考える−、
 エネルギーフォーラム、2003年1月刊。
勝田知尚、光合成微生物による水素生産のゆくえ、
生物工学 80(3): 128, 2002.
 

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